★情報チェック★ 地域を創る行政や議会からの情報・動向は。
国、自治体の議会定例会が終わり、新年度の事業・予算が採択され、新しい動きが始まります。
こうした“ビジョン・計画”について、これまでの経緯などの情報は、適切に伝わっているでしょうか。
時々(定期?)、ネットで得られる当地(新城市)の情報について確認していきます。ご参考に! 行政、議会などの情報発信の状況を整理してみました。
☆ 「または」は、記事が最近更新されたものに付加しました。(2023/03/27)
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『君のクイズ』(小川哲・著)
例年より早く「桜が満開…」となっています。
この週末、天候はよくなかったですが、桜の名所は多くの人で賑わったことでしょう。
今日寄った公園の駐車場は、桜祭り会場・桜の名所へのシャトルバス乗り場になっていました。シャトルバスがフル稼働しての“雨の花見”です。
今年の桜を愛でましたか。
いろいろなクイズ番組が放送されています。それぞれ楽しく、面白がって観ますが、『『東大王』(TBSテレビ)や『『頭脳王』(日本テレビ)は、その知識量やスピードに驚きます。
2023年本屋大賞のノミネート作品となった『君のクイズ』(朝日新聞出版・刊)の主人公 クイズプレーヤー三島玲央、対戦相手の本庄絆も、知識とスピードが驚きです。
二人の対戦する舞台は、生放送で行われた『第一回 Q-1グランプリ』です。
6-6 で並んだ最終問題。スタジオ全体が静寂に包まれるなか、
「問題──」その瞬間、パァンと早押しボタンが点灯します。 そのボタンを押したのは、本庄絆。 「ああ、やっちまったな」と思ったのは、三島玲央。 そして解答は…。 初代王者となったのは、本庄絆。 問題文が読まれる前にボタンを押し、正解が答えられたのです。 本庄絆は「やってる」のか、「魔法」なのか、「知識量」なのか…。
『ゲームの王国』『嘘と正典』『地図と拳』。一作ごとに現代小説の到達点を更新し続ける著者の才気がほとばしる、唯一無二の<クイズ小説>が誕生しました。雑誌掲載時から共同通信や図書新聞の文芸時評等に取り上げられ、またSNSでも盛り上がりを見せる、話題沸騰の一冊です! (略) 読めば、クイズプレーヤーの思考と世界がまるごと体験できる。人生のある瞬間が鮮やかによみがえる。そして読後、あなたの「知る」は更新される! 「不可能犯罪」を解く一気読み必至の卓抜したミステリーにして、エモーショナルなのに知的興奮に満ちた超エンターテインメント!三島玲央が、クイズプレーヤーとして、『Q-1グランプリ』の第1問から振り返っていきます。 そしてクイズを解きます。
「Q なぜ本庄絆は第一回『Q-1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」クイズの解答は…。 クイズプレーヤー 三島玲央が“クイズに挑む姿”、そのときの“頭に浮かぶ物語”は、魅力的です。 本書を読んでから、クイズ番組や回答者を見るのが変わります。 みなさんにお薦めの一冊です。 でも、題名が『君のクイズ』ですが、主人公の『私のクイズ』なのでは…。 【関連】 ◇本屋大賞 ◇小川哲『君のクイズ』(web TRIPPER) 【メモ;職員の異動検索】 中日新聞・東京新聞に「教職員・公務員の異動」が掲載されるのに合わせ、ネット検索できます。 すでに発表された県や市の異動が調べられます。
『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』(青柳碧人・著)
雨の日になりました。
暖かった昨日から一転、気温の上がらない寒い日でした。
“日本昔ばなし×本格ミステリ”の新刊『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』(双葉社・刊)を、わくわくして読みました。
前作『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』でミステリー界に衝撃のデビューを果たした赤ずきんに相棒ができました。 その名はピノキオ! とある目的があって一緒に旅をするのですが、ゆく先々でまたもや事件が発生します。 『白雪姫』『ハーメルンの笛吹き男』『三匹の子豚』……。 世界のみんなが知っている童話をベースにした連作本格ミステリ第二弾。 今作も、あの決め台詞が炸裂します。今回のお話は、赤ずきんが「木でできた人形の腕」を拾ったところから始まります。 その“腕”は、意思をもって指が動きます。 ペンを握らせると、紙に文字を書き始め…。 その言葉を見たお母さんが言います。
「赤ずきん、あなた、ピノキオくんを助けてあげなさい」 「私が?」 「腕を拾ってきた縁じゃない」腕は、“魔女がばらばらにしたピノキオ”のもの。赤ずきんとピノキオの腕が、旅に出かけます。 最初に出会ったのは“キツネのアントニオ”の死体、その犯人に仕立て上げられそうになり…。 赤ずきんの行くところ“殺人事件”があり、「こういうの得意でしょ」と探偵役にされ、「「こういうの」って言わないの」と怒るが、どんどんと事件の謎を解いていきます。 そのトリックは…。そして、真犯人は…。 本作も、話を読む前、読み終えて、それぞれの昔話・原作を読み返すと、違った世界が表れそうです。 赤ずきん、そしてピノキオと一緒に、旅を楽しみ、謎解きを楽しみませんか。お薦めです。 【参考】(目次にかえて) 本書の“元になった昔話”を、サイト「福娘童話集」で、改めて確かめてはいかがですか。 ■ 目撃者は木偶の坊 → ◇ピノッキオ(ピノキオ) ■ 女たちの毒リンゴ → ◇白雪姫 ■ ハーメルンの最終審判 → ◇ハメルンの笛吹+◇ブレーメンの音楽隊 ■(幕間)ティモシーまちかど人形劇 ■ なかよし子豚の三つの密室 → ◇三匹の子ブタ 【関連】 ◇青柳碧人 (@aoyagi)(Twitter) ◇『むかしむかしあるところに、死体がありました。』公式サイト(双葉社) ◇『むかしむかしあるところに、死体がありました。』(青柳碧人・著)(2020/10/03 集団「Emication」) ◇『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』(青柳碧人・著)(2020/10/10 集団「Emication」) ◇『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』(青柳碧人・著)(2022/01/29 集団「Emication」)
3-2.3 「交通の変遷」の執筆(3) (昭和に生きる)
暖かい(暑い?)日でした。
一気に気温が上がった感じで、どよ〜んとした空気に、体調が崩されそうです。
故・渥美利夫氏が還暦の年に著した『昭和に生きる』(1987(昭和62)年刊)からです。
渥美氏の教育実践、教育論は、“昔の話”ですが、その“根”そして“幹”となるものは、今の教育に活きるものです。これからの教育を創っていくヒントもあると思います。
本書のなかから、“その時”に読んで学んだ校長室通信を中心に紹介していきます。「考える」ことが、若い先生に見つかるといいなあと思います。
この項は、「昭和49年『交通の変遷』国土社」から構成されています。
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戦後教育史の片隅に生きる
教育行政の歯車のなかで
社会科授業シリーズ「交通の変遷」の執筆
(つづき) 本書の最初は、いわゆる歴史学習の入門期をどのようにとらえるかについてまとめ、つぎに指導計画の立案の問題を、問題解決学習の立場に立って具体的に論述を試みた。とくに現在おざなりになっているかの感がある目標の具体化について力を入れた。
主要部分はなんといっても展開の章である。新城市立東郷東小学校のすぐれた社会科教育の実践家・鈴木仁志教諭の貴重な実践記録と、子どもたちの予見ノート、および社会科ノートを足場にしてわたくしたちが勝手にまとめたものである。実践の全貌を伝えることができなくて、まとめが不十分であったことのそしりはわたくしがすべて甘受しなければならない。そのために鈴木教諭のすばらしい実践が、うまく生かされていないではないかということに思いをいたすとき、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
東郷東小学校は、名古屋大学の三枝孝弘、日比裕先生、横浜国大の市川博先生など初志の会の指導陣たちの指導をうけている学校で、その意味でもわたくしにとって好都合であった。とりわけ中西光夫校長(現、岡崎市教委・教育長補佐)のあたたかい励ましのなかで、諸先生方のご援助をいただいたことも忘れることはできない。
とくに全般を通じ留意したことは、社会科のほかの単元展開にあっても参考になるようにとじゅうぶん配慮したつもりである。生かしていただくことができれば望外の喜びである。
最後になったけれども、国土社の渡辺金五郎氏はじめ、編集部の皆さまに厚くお礼のことばを申し上げたいと思う。 (昭和四十九年「交通の変遷」国土社)
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注)これまでの記事は〈タグ「昭和に生きる」〉で
注2)掲載しているイラストは、学年通信(1993・1994年度)用に教員が描いたもので、図書との関連はありません。
【参考;気象情報】
【メモ;職員の異動検索】
中日新聞・東京新聞に「教職員・公務員の異動」が掲載されるのに合わせ、ネット検索できます。
すでに発表された県や市の異動が調べられます。
気象庁 最新の気象データ |
◇今日の最高気温(愛知県) |
◇今日の全国観測値ランキング |
天気予報・情報サイト |
◇日本気象協会 tenki.jp【公式】 / 天気・地震・台風 |
◇ウェザーニュース - 天気予報(台風・地震情報・雨雲レーダー) |
◇Yahoo!天気・災害 - 天気予報 / 防災情報 |
500円硬貨。 3-2.2 「交通の変遷」の執筆(2) (昭和に生きる)
曇った天候から、昼頃には雨が本降りとなりました。
最近、電子マネーやカードで支払うことが多く、硬貨を手にする機会が減りました。
先日、久しぶりに受け取ったおつりに、2021(令和3)年11月から流通していた新500円硬貨がありました。
新しくなったことを知っていましたが、初めて実物を手にしました。
この新500円硬貨(3代目)には、偽造防止(?)の新たな工夫があるそうで、それを確認できました。
角度によって見える文字が変化する「潜像」は、下から「500YEN」、上から「JAPAN」と読めました。また、よく見ないと分からない「微細文字」は、拡大鏡が必要でした。
その他にも…。
あなたの手元に新500円硬貨(3代目)がありますか。
故・渥美利夫氏が還暦の年に著した『昭和に生きる』(1987(昭和62)年刊)からです。
渥美氏の教育実践、教育論は、“昔の話”ですが、その“根”そして“幹”となるものは、今の教育に活きるものです。これからの教育を創っていくヒントもあると思います。
本書のなかから、“その時”に読んで学んだ校長室通信を中心に紹介していきます。「考える」ことが、若い先生に見つかるといいなあと思います。
この項は、「昭和49年『交通の変遷』国土社」から構成されています。
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戦後教育史の片隅に生きる
教育行政の歯車のなかで
社会科授業シリーズ「交通の変遷」の執筆
(つづき) この本の中でわたしなりに意図したこと、願いつづけたことについて、「あとがき」で次のように書いた。
昭和三十三年、上田薫先生は長坂端午、重松鷹泰先生らとともに民間教育団体、「社会科の初志をつらぬく会」を発足させて、ご活躍をなされるのである。初志の会発足と同時に入会したわたくしは、そこで社会科について教えを乞う機会はさらにふえてきた。昭和三十七年初志の会機関誌「考える子ども」の編集が、なんのかぜのふきまわしかわたくしのところへお鉢がまわってくるこ。とによって、先生とのつながりはさらに緊密の度をましていった。
実践がゆきづまりともすると堕落しそうになる怠惰なわたくしの教育姿勢を、いくたびかたちなおらせてくれたのは、「知られざる教育」「人間形成の論理」(黎明書房)の著にもみなぎっているあの先生の教育哲学であった。そのきびしいご指導と、あたたかい庇護のもとに社会科の実践を続けることができたのは、まったくしあわせというほかはない。
けれども、わたくしの実践は中途で挫折した。付属中学への転出、さらには小学校教頭、そして教育事務所ヘの異動によって実践の現場からだんだん遠ざかっていかねばならなかった。しかし実践から遠ざかりながらも社会科教育への情熱をもやすことができたのは、機関誌「考える子ども」を中心に、実践をともにしてきた初志の会の会員誌友があったからであった。
問題解決学習を身近なものにしなければ、子どもたちが学校で生き生きと学習に精出すことはありえないという考えで努力をしてきただけに、実践の現場から離れるにつれて自分のすることはいったいなにであるかという問題に悩みつづけなければならなかった。
現場をみてみると、問題解決学習を実践しているとはお世辞にもいえない。しかしそのような授業をしなけければ、社会科の授業にならないし、子どもは育たないと思っている教師はひじょうに多いというのが事実である。そこでわたくしは、過去のすべての実践をひとつの拠点にして、上田先生から教えられたこと、あるいは社会科の初志をつらぬく会のなかにおけるわたくしの研究、先輩そしてなかまの研究、はたまた「考える子ども」の編集を通してうるところのかずかずの貴重な体験を、そこに生かして問題解決学習への“橋渡し”の役割をすることが、わたくしの現在の立場におけるつとめではないかと、ひそかに考え続けてきたのである。
このたびのシリーズにその機会を与えられたことについて上田先生にまずもって感謝をしたいと思う。そこでほんの少しでも“橋渡し”の役割がはたせることができるならば、先生に対するささやかな恩返しを含めた多年の念願が、緒につくというわけである。その意味でがんばったのであるが、日暮れて道遠しの感がするのはどうしようもないところである。
(つづく)
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注)これまでの記事は〈タグ「昭和に生きる」〉で
注2)掲載しているイラストは、学年通信(1993・1994年度)用に教員が描いたもので、図書との関連はありません。
3-2.1 「交通の変遷」の執筆(1) (昭和に生きる)
天気のよい日でした。日中、気温が上がり暑い日になりました。
朝、まだ花が開いてなかった芽や木が、午後には色鮮やかに見えました。今日の暖かさが勢いをつけたようです。
故・渥美利夫氏が還暦の年に著した『昭和に生きる』(1987(昭和62)年刊)からです。
渥美氏の教育実践、教育論は、“昔の話”ですが、その“根”そして“幹”となるものは、今の教育に活きるものです。これからの教育を創っていくヒントもあると思います。
本書のなかから、“その時”に読んで学んだ校長室通信を中心に紹介していきます。「考える」ことが、若い先生に見つかるといいなあと思います。
この項は、「昭和49年『交通の変遷』国土社」から構成されています。
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戦後教育史の片隅に生きる
教育行政の歯車のなかで
社会科授業シリーズ「交通の変遷」の執筆
昭和四十九年、国土社から、上田薫先生監修の「小学校社会科の授業」全十巻が刊行された。
このシリーズは、この十数年生気を失い迫力を欠いている社会科に、新たな息吹きを与え、迫力ある社会科にするために、研究者の視点と実践者の体験を通して問題を具体的に鋭く提起し、息のあったコンビの実践を現場の教師のために十分に役立つように編集されたものである。
その4「交通の変選─交通のむかしと今─」をわたしに書くように、上田先生はおっしやられた。はじめてここに一人で書くということになった。分担執筆はこれまで多く書いてきたけれど、すべて一人で書くことに興奮をした。鈴木仁志さんに協力を願ってとにかくがんばるよりほかに道はなかった。
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上田 薫先生の序文
社会科の教育にはきわめて多くの問題点がある。しかし、そのなかでもっとも緊要なことは、この十余年、社会科の学習がかつてのような生気を失い、迫力を欠いていることだと思う。このことをなんとかしなくては、日本の子どもたちは満足な育ちかたをしない。点数だけを気にして生きた社会には問題を感ずることのない子どもがふえているということは、社会にとって見すごしがたいゆゆしい大事である。
もちろん、問題意識だけあって学力の乏しい人間が育ってよいわけではない。しかし社会科の実力というものは、むかしの地理歴史のように暗記した知識ではない。むしろ問題解決学習をまともに実践することによって、底力のある真の学力が育つと考えるべきなのである。そのことが教師の胸にしっかり落ちさえすれば、迫力ある社会科などそうむずかしいものではないと思うのである。
これまではそういう認識が一般に弱かっただけではなく、そういう実践のための手がかりが乏しかったのも事実である。どこでもかならず取りあげられるようなポピュラーな単元についても、ろくろく深められることがなかった。それはある意味で研究者と実践者の共同作業が貧困であったということであろう。この「社会科の授業」シリーズは、研究者の視点と実践者の体験とがしっくり結びついた次元において、社会科の授業を奥深く研究しているのである。
したがって、それは社会科について鋭い問題提起を具体的に行なっている。しかしまた教師たちのために、ペテランであれ新人であれ、それぞれにじゅうぶん役立つような便宜を提供しようとしている。これまでこの種のものがなぜ存在しなかったのであろうかと、わたくし自身いま首をかしげずにいられないのである。おそらくさきにふれたように、研究者と実践者の息のあったコンビが容易に得られないということもあったであろう。が、その点このシリーズについて、わたくしはじゅうぶん満足している。
「交通の変遷─交通のむかしと今─」は、四年の社会科のもっともポピュラーな教材をとりあげ、ぞんぶんに社会科らしい切りこみを展開したものである。読者はおそらくこの教材についてだけではなく、他の教材についても多くの手がかりを得ることであろうと思う。
渥美さんは社会科の指導に卓越したベテランであるが、理論の上でも人後に落ちぬすぐれた見識の持ち主である。この本ではいきがぴったり合った実践者鈴木さんを得て、渥美さんの面目躍如の感がある。
社会科がはじめられたころから、とにかく「交通(乗物)のうつりかわり」というのは、平板になりがちの単元であった。しかしこれがもし立体化された学習を生みだすことができるなら子どもたちの関心からいってもすばらしい効果をあげることになろう。わたくしは渥美さんがあえてこの教材に挑戦されたことに感謝したいと思う。
(一九七四・二)
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(つづく)
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注)これまでの記事は〈タグ「昭和に生きる」〉で
注2)掲載しているイラストは、学年通信(1993・1994年度)用に教員が描いたもので、図書との関連はありません。
春分の日。 3-1.12 「奥平貞能(3)」 (作手村誌)
今日は、国民の祝日の一つ「春分の日」、「春分日、自然をたたえ、生物をいつくしむ」日でした。
「春分」は二十四節気の一つで、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じ(厳密には真東や真西ではなく、少しずれており、すでに昼の方が数分長くなっている)になります。
「寒さ暑さも彼岸まで」といわれ、冬の寒さ(余寒)は、この頃までに和らぎ、凌ぎやすくなります。さらに、この時期の気候を「三寒四温」と言うこともあります。
気候の変化に留意しながら、春の陽気を楽しみましょう。
『作手村誌』(1960・昭和35年発行)は、「第一編 郷土と自然」から「第二編 村の沿革と歴史」へと続きます。
昨年の大河ドラマが鎌倉時代、そして今年は徳川家康を描いています。
先日の放送では、武田信玄が評定の場で示した図に「作手 奥平美作守」(奥平貞能のこと)が描かれていました。この後も「奥平」が登場するでしょうか。
『作手村誌』(1960・昭和35年発行)から「諸豪族勃興時代」の奥平氏についの紹介です。
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第二編 村の沿革と歴史
人物 奥平氏
奥 平 貞 能
(つづき) 武田氏の三、遠攻勢により徳川家康頗る奔命に疲る、惟らく東三河の強豪奥平氏を招致して甲斐を牽制するの一方面に当らせんと本多作左衛門に重政に図らしむ、重政、奥平市左衛門に託して貞能に内意を伝う、貞能熟慮して未だその機に非らずとなし、謹んで厚意を謝するに止まる。家康、奥平氏の応ぜざるを憂いて織田信長に謀る。信長、西尾小左衛門吉次をつかわして言わしめて曰く、卿の息女亀姫を貞能の世子信昌に婚嫁せしむべし、玆に於いて本田豊後守広孝を使者となし貞能に説かしむるに、婚約のこと、領土加増のこと、且つ貞能の女を広孝の次男藤六郎重純へ入嫁せしめんことを以てしたり。
上洛の志を抱いた武田信玄は元亀三年十月甲府を出発し、その年十二月二十二日浜松の郊外三方原に於て徳川織田の連合軍を大敗させ(貞能三方原の戦に武田方として戦う)翌天正元年正月、山家三方衆(田峯の菅沼、長篠の菅沼、作手の奥平)の響導で三河国野田城(城主菅沼新八郎定盈)を包囲、二月落城す、三月十日、雙方野田中村の広瀬河原に至り、山家三方衆の人質と菅沼新八郎定盈とを取替えたという。
信玄病重りてか上洛を断念して軍を班す。天正元年四月十二日信濃国駒場に於て卒す。諸将遣命によりて喪を秘す、四郎勝頼その後を継承す。勝頼凡将ならずと雖も父信玄に遠く及ばざりしが如し、奥平方信玄の死を占いで実正と断じ、徳川氏の懇請に応ずるに決す。
天正元年六月二十二日、夏目五郎左衛門治員を浜松に遺わし信玄の死疑うべからざるを報じ、玆に帰参の内意を致す。天正元年七月家康軍を進めて長篠を包囲す。城主菅沼正貞、八月十五日城を脱して鳳来寺ヘ奔る、後正貞家康に内通していた事がわかり信濃の小諸に幽閉殺害さる。武田の後詰、救援ならざるを恥じ、且つ勝頼の怒らん事を恐れて、後詰の主将武田信豊の営に集り、浜松勢のせん滅を欲し、馬場信房は二つ山に控え、武田信豊、土屋直村は黒瀬に陣を移し、甘利勝吉は作手を守り、菅沼大膳、大熊備前、米倉丹後守等は設楽野に進み、家康の帰途を吉川筋の険隘に扼し、東西相挾みて掩撃せんとす、貞能又座中にあり、一決して衆退散するや貞能直ちに鈴木彦左衛門を徳川氏の陣営に急派し、秘計を秘報し、併せて帰参決行の日時を告げて援軍の派遣を請う。家康大いに驚き深く貞能の誠意を悦び、且つ救援を約し、即時令を軍中に伝へ潜に久間山より吉川村の渓谷を横ぎり間道を通過して浜松へ帰る。甲斐の将、貞能の漏洩によるものならんと猜疑す。田峯の検使城所道寿亦貞能の内通によりて計画の阻断するを訴う。
(つづく)
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注)これまでの記事は〈タグ「作手村誌」〉で
注2)本誌の本文内で、小文字や2行表記等されているものを、( )で示している。