「日本語でないと,分からん」と。
朝から綺麗な青空が広がり,暑い日になりました。
“空梅雨”が続いていて,活動をするには都合がよいですが,夏の水不足が心配されます。
しばらく晴れの日が続いて,当地では雨が降らないようです。
今年の夏は,どんな天気になるでしょう。
先日,古文書を読み解き,現代文にして書籍の原稿を書いた高齢者の方が,「文書が無くなってしまった。」とパソコンを持って相談にみえました。
状況を聞き,パソコンを見せていただくと,“上手に使って”みえました。高齢者も“普通に使う”ものであることを再認識しました。
ただ,“ドキュメント”は,コピーがいっぱいありました。
文書が無くなった状況を聞くと,「いつもと同じように,○○を押して,次に…。」と,操作の手順を詳しく説明されました。
それを追って確かめると,どうやら“クラウドに保存してしまった”ようです。
いつも使うボタン(?)の横に“クラウド”の選択ボタンがあり,マウスを操作する途中で“触れてしまった”ので,保存先が“クラウド”になったようです。
自宅では,いつもネットに繋がれた状態で使用しているようですが,それは“ネットを見る時”にだけ使って,他でも使える(使う)とは思ってみえませんでした。
“無くなった文書”の確認の仕方や,これまで困っていた操作について説明しました。
いつもの操作を聞くと,フォルダアイコンをクリックしていたので,そこから一つ一つ説明をメモしていきました。
「まず,このフォルダを…」
「フォルダって,何んだ?」
「あれっ???」
パソコンを上手に使っている方なのに,“用語”が通じません。
「わしゃ,日本語でないと分からん。」
クリックも通じなさそうですし,クラウドなんて概念もなさそうです。
その後の説明…,頑張りました。
高齢者がパソコンやスマホを上手に利用されていますが,カタカナ語は“無いもの”としている方が多いようです。
そして,ネットのように見えないものは“空気のようなもの”で,気にしないようにしています。
ちょっと心配が…。
カタカナで表現されていることを,子供達が“日本語”で高齢者に説明できるようになったら,“社会の何か”が変わるように思いますが,いかがでしょう。
学校教育で“育まれる力”は,そこに生かされる力になっているでしょうか。
【今日の小咄】
夫は5歳の娘に「赤は英語で red 」などと教えていた。すると娘は,「じゃあ,まっかっかは英語で何て言うの?」と聞いた。
夫は困ったすえに,「レッドッド」と答えた。