八十八夜。 6(5-7) 戦争のえいきょう (わたしたちの村つくで 改訂版)
よい天気の一日でした。
午後,郷土史家の方からお話を伺いました。「武田との戦いで…。○○城は…。お姫さまは…。」 その場にいたような臨場感をもって,その時と今をつなぐ話で,新しく知ることが多くありました。
ありがとうございました。
今日は,雑節の一つ「八十八夜」,農業を中心とした昔の日本社会で,この頃に種まきや田植えの準備,茶摘みなど春の農作業を行う時期にあたります。
「♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る…」
と文部省唱歌の一つ『茶摘み』で歌われるように,だいぶ暖かくなってくる時期です。
昔から八十八夜に摘まれた「新茶」は,不老長寿の縁起物と重宝されています。
まだ新茶は無理かもしれませんが,ちょっと良いお茶を飲んでみましょう。
郷土読本『わたしたちの村 つくで』(2004新改訂版発行)の「6 作手村のうつりかわり」からです。
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5 明治から平成へ
戦争の時代
「作手にも爆弾が落ちたんだって。」あさひさんの発表を聞いておどろいたみねこさんたちは,戦争について調べることにしました。
戦争のえいきょう
川尻城址には,忠魂碑という大きな石碑がたっています。戦争でなくなった人の霊をまつってあるのです。
1937年(昭和12年)から始まった日中戦争では,作手村からも大ぜいの人が召集されて,なくなる人もいました。小学校は国民学校と名前が変わり,戦争を進めるのに都合がよいように教科書がつくり変えられ,体操や柔道,剣道が大切にされました。
1941年(昭和16年)に始まった太平洋戦争では,高里・須山・中河内などに爆弾が落とされました。そして,この戦争でなくなった人は192人にのぼりました。 ********
注)これまでの記事は〈タグ「新わたしたちの村」〉で
注2)郷土副読本は,小学3,4年生に向けて「ふりがな・るび」がたくさん付いていますが,掲載にあたっては省いています。
注3)多くの写真や図版が載っていますが,すべてを紹介(掲載)していません。ご了承ください。