目の愛護デー。「おこうしん」《村の行事 11》
昨夜の空が現していたように,朝は晴れていましたが,雲が目立つようになり,雨が落ちてくる日になりました。
秋晴れが続いてくれるとよいのですが…。
今日10月10日は「目の愛護デー」です。1931(昭和6)年,中央盲人福祉協会の提唱によって失明予防の運動としてこの日が「視力保存デー」と定められました。いろいろな経緯を経て,1947(昭和22)年に中央盲人福祉協会が「目の愛護デー」と定め,現在では厚生労働省が主催となって毎年目の健康に関わる活動が進められています。
今日,目を労わりましたか。
午前中,新城市遺族会理事会がありました。
当面の課題について時間をかけて話し合いました。また,本年度の事業や予算の中間報告がされました。
理事会終了後,役員で“次年度に向けて”の検討をしました。今後の状況により“変化・変更”が考えられますが,「現状は○○で…」と進めていくことにしました。
今日も,組織のあり方について考えることがたくさんありました。
関係のみなさん,ありがとうございました。
文集「こうやまき」から,「村の行事」の一話です。
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『おこうしん』 (文・巴小5年 男子)
ぼくの家は,九けんの家でつくっているこうしん組に入っています。六十日に一回まわってくる「かのえさるの日」にまわりばんで,おこうしんさまをまつります。
こうしんの日,当番の家ては,各戸をまわってお米を集めたり,おはなをとったり,朝から野さいやさかななどをにて,ごちそうをつくるのにとても大へんです。けれど,今では,おりづめをたのんでおこなう家もあるそうです。
ごちそうができてしまうと,その家の主人は,前当番の家におはなを持っておこうしんさまをむかえに行きます。おこうしんさまは,はそ長い本箱に入ったかけじくで,絵がかいてあるとても古いものです。それをむかえてきて,ざしきのたなの上にまつるのです。
おもてが暗くなりかけると,組の人たちがやってきます。昔は,来た順に,身を清めるためにおふろに入りましたが,今では,たいていの人が自分の家で入ってきます。こうして,みんながそろうと,おもてに出て,水で手を洗ったり,ロをゆすいだりしてこうしんさまの前へすわります。すわり方は,一番年よりの人が前にすわり,あとは,年令の多い順に上座からすわります。そうして前にすわった年よりのおんどで,おまつりがはじまります。
そのおがみ方は,前にすわった人がまず立って,
「なむしょうめいこんごうどう。」
と言って頭をさげます。
あとの人は,これにつづいて同じことをくりかえします。こうして,これを三十三回もやるのです。これがすむと,
「なむしんりゅうしょうがん,かいりゅうまんぞく。」
と言って,前と同じように立ったりすわったりしておがみます。みていると,地面に頭をつけて神様をおがむ土人のようです。三十三回おがむ時,回数をまちがえないように,おはなの葉を十一まい切っておいて,三回あっちこっちとうごかしてかぞえます。
こうしておがむのが終わると,ごちそうを食べるのです。みんなは,当番の家てつくってくれたごちそうを高ぜんでよばれるのです。こうしんは,お百姓の神様なので,ほんとうは,畑でとれたものでごちそうをつくるのだそうです。ごはんにはあずきが入れてあります。お酒が出たりして,いろいろな話をして,とてもにぎやかです。
ごちそうを食べて,帰る時,もう一度こうしんさまの前にすわって,今度は,おはなの葉をニつに切って身を清め,すわったままで,年よりの人がかねをたたいて,みんないっしょに,
「なむあみだぶつ,なむあみだぶつ。」
といっておがみます。終わってから,神様にあげてあるごはんと米の洗ったのを,みんなで少しずつ食べます。
こうして,こうしんまつりは終わります。時には12時をすぎる時もあります。
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今では,「庚申(信仰)の行事を続けている」という方々は少ないのではないかと思います。
この行事の由来は平安時代まで遡るようで,貴族のは庚申御遊,武家が庚申待と称したりもしたようです。
みなさんの地域では,「庚申」にまつわる行事は残っていますか。