集団「Emication」別館

楽しく学び,楽しく活動する,笑顔の集団「Emication」。 ふるさとの自然,歴史,風俗などお伝えします。読書や豆知識の発信もしていきます。 活動する人,行動する人,その応援と支援をする集団「Emication」。

城山公園清掃。先人の願い。

 「いつ雨が降り出すのか。」と心配していましたが,あまり降らずに済みました。  午前中,遺族会・城山の会のみなさんで,城山公園の清掃を行いました。  組織・運営を変更して“初めての作業”でしたが,天候が不安な中,多くの方が参加いただき,短時間で綺麗になりました。  ありがとございました
清掃0610。

 城山公園には,忠魂碑や軍務で亡くなられた方々の墓碑が建てられています。それらを「今後どうするか」は,以前からの課題ですが,すぐに困るものでも,すぐに朽ちるものでもなく,時間だけが過ぎています。  今年度,組織変更をきっかけに,“早期の対応”に向けて進んでいくことにしました。  作業後,“昔のこと”について教えていただきました。  その話で,昭和50年代に遺族を回って“般若心経”を届けた方がいたことを知りました。一字一字,慰霊の思いを込めて書かれたものです。その思いと行動に敬服いたします。  調べると,昭和56年8月に書かれたもので,般若心経には「元作手村書記 兵事係 ○○(79歳)」と署名がありました。  添えられた手紙に,
・ この戦没者の方々の在りし日の懐かしい面影を思い浮かべ,心から御冥福をお祈りする次第であります。 ・作手村には,戦没者に対し,忠魂碑と,日露戦争や,事変等,軍務で亡くなられた方々の,墓碑が建立されていましたが,今次戦争に対する墓碑が建立されていなかった為,昭和27年,墓碑建立の議が纏まり,村社会福祉事業協議会が発起となって…。 ・建立に当たっては,青年団 郷友会の方々が進んで,労働奉仕をしていただきました。又御遺族の中には,吾が息子の墓石を運ばせてくれと,母の背で,重い墓石を背負い上げられた方もあり,私は胸の迫る思いでした。 ・昭和46年,戦没者の霊をお護りしていただくと共に,再びアノ悲惨な,戦争の起こらない様,平和な国家であることを念じて,観音像の建立を,民生委員協議会で計画…。 ・昭和53年には,終戦満33年を記念して,英霊の供養を含め「英霊顕彰録」の刊行が計画されました。
など,作手地区での慰霊平和(への願い)への活動が記されていました。これまで曖昧であったことが分かり,整理できました。  これからを検討に参考となる資料でした。  先人の思い・願いを知り,それを受け継いでいくことについて考えた一日でした。  感謝