集団「Emication」別館

楽しく学び,楽しく活動する,笑顔の集団「Emication」。 ふるさとの自然,歴史,風俗などお伝えします。読書や豆知識の発信もしていきます。 活動する人,行動する人,その応援と支援をする集団「Emication」。

日本遺産の日。1-5 少年の日の“ひがみ”(1) (昭和に生きる)

電話0213。 雨の一日、日中になっても気温が上がりませんでした。この時期として低い気温ではありませんが、寒い日でした。  ネットで調べ物をしていて、今日は「日本遺産の日」(2020(令和2)年制定)で、記念シンポジウムなどが催されていました。  “世界遺産”は、その申請や登録がニュースになったり、クイズの問題になったりしていて、聞いたことがありますが、「日本遺産(Japan Heritage)」は…。
 我が国には有形・無形の優れた文化財が各地に数多く存在しており、これらを活用して地域の活性化観光振興を図るためには、(略)  このため、地域の歴史的魅力や特色を通じて地域の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産」として認定し、ストーリーを語る上で不可欠な文化財群を総合的に活用する取り組みを平成27年から推進しているところです。  「日本遺産」の認定開始から5年目を迎え、これまでに83のストーリーが認定されるなど、「日本遺産」の取り組みは全国に広がりを見せており、(略)  文化庁及び日本遺産連盟は、今後、さらに国民の皆様の「日本遺産」に対する理解と関心を高めるとともに、各地域における取り組みのより一層の充実を図るため、2月13日を「日本遺産の日」とすることをここに宣言します。(共同宣言より)
 今日が選ばれたのは、ゴールデンウィークなどの旅行先選びに宣伝効果のある2月で、親しみやすく憶えやすい「にほん(2)いさん(13)」(日本遺産)と読む語呂合わせからだそうです。  みなさん、日本遺産を訪れたことがありますか。  故・渥美利夫氏が還暦の年に著した『昭和に生きる』(1987(昭和62)年刊)からです。  渥美氏の教育実践、教育論は、“昔の話”ですが、その“”そして“”となるものは、今の教育に活きるものです。これからの教育を創っていくヒントもあると思います。  本書のなかから、“その時”に読んで学んだ校長室通信を中心に紹介していきます。「考える」ことが、若い先生に見つかるといいなあと思います。  この項は、「昭和62年『考える』116号」から構成されています。 ********     昭和に生きる     少年の日の“ひがみ”  大正十五年度に生まれた子どもたちが、小学校に入学をしたのは昭和八年であった。幼時期はいわゆる昭和の一ケタ時代で、暮しはきびしく、世界恐慌の波をもろにかぶって、農村は疲弊していた。一方昭和六年九月十八日夜、関東軍奉天瀋陽)郊外の柳条溝付近で南満州鉄道を爆破することにより満州事変がおこり、日本の進路は決定的となり、いわゆる「十五年戦争」と日本は戦争への道を歩みつづけることになった。  昭和八年に“サクラ読本”が、小学校に登場するのと時を同じくして、わたしは小学校に入学した。この入学の生年月日がちょっと変わっている。まずは、ここに注目をしてみたいと思う。その構成は、大正生まれと、昭和元年生まれと、そして昭和二年生まれのものから成り立っている。もう少し詳しくいえば、大正生まれは、大正十五年四月二日から十二月二十五日までの二六八日間。昭和元年生まれは、昭和元年十二月二十六日から十二月三十一日までの六日間、昭和二年生まれは、昭和二年一月一日から四月一日までの九一日間で、通算三六五日の一年間で、他の学年とちがっているわけではない。 授業0213。 同じであるのに、あえてここでとりあげようとしたのは、そこにいくつかの差別を感じたし、同じ学年でありながらそこに“世代の断絶”という煮え湯を飲まされたからである。念のためにいっておくが、わたしは昭和二年生まれのレッキとした昭和生まれである。大正生まれと、昭和元年生まれは、いわゆる遅生まれで、昭和二年生まれは、早生まれということになる。昭和元年は、わずか六日間であるが、この場合、わたしのいう昭和生まれということからはちょっと除外させてもらうことにする。なぜなら、この場合つねに大正十五年側に立っているし、都合のよいときは、昭和の世代というぬえ的存在であるからである。  いずれの学年の早生まれのものも同じであるが、ほぽ一年ちがいで入学する子どもがいるということは、生まれて、まだわずか六年そこそこでは、身体の発達状況といい知能といい、いずれをとってみてもその差は歴然としていて、不公平であることは万人の認めるところといってよい。それに加えて戦前は、数え年であって満年齢で年を数えるのではないために、お正月にみんなが一斉に年をとるというしきたりであった。だから、つねに早生まれのものは、一才年下とさげすまされて悲哀を感じていたものである。 (つづく) ********  注)これまでの記事は〈タグ「昭和に生きる」〉で  注2)掲載しているイラストは、学年通信(1993・1994年度)用に教員が描いたもので、図書との関連はありません。 【関連】   ◇日本遺産ポータルサイト   ◇文化庁
日本遺産の日0213。