集団「Emication」別館

楽しく学び,楽しく活動する,笑顔の集団「Emication」。 ふるさとの自然,歴史,風俗などお伝えします。読書や豆知識の発信もしていきます。 活動する人,行動する人,その応援と支援をする集団「Emication」。

作手の昔の道(3)(続 つくで百話)

花0615。 天気の良い日になりました。  暑い日になりましたが,先週半ばから続いた雨がなく,気持ちの良い一日でした。  明日の準備について連絡を待っていましたが,夕方までありません。  いかがしたものか…。  『続 つくで百話』(1972・昭和47年11月 発行)の「作手の昔の道」の項からです。 ********     作手の昔の道   雁峯山を越えた道 (つづき)  作手村の東西南北には拾数ヶ所の峠があります。どの峠にも,先人が切り拓いた努力の跡がうかがわれ,峠に佇つごとに,往時を偲び感懐深きを覚えるのでございます。特に,私たち南部のものには雁峯峠は因縁浅からぬものでした。軍隊開係の入営,応召,帰還,学校の先生の送迎などには雁峯峠まででかけました。青雲の志を抱いて郷関をでるもの。不運落魄のため作手を去るものなど幾十万の人々が,雁峯峠に於いて,哀別離苦の涙を流し,帰還,再会の感激の涙に咽んだことでもあったでしょう。  雁峯峠の道筋では,どこからも新城平の家々が指顧の間に見おろされ,三遠国境の連峯の彼方に浜名湖が眺められる雄大な景観は捨て難いものでありました。新城の方から登ってくる道は,羊腸と曲がりくねった急坂で,旅人は,汗びっしょりになって登るのが常でした。御前石峠や,金栗峠の頂上近くには,水呑み場といって,綺麗な冷たい清水が湧きでておりました。そこには竹杓子や茶碗がおいてあり,この清水で咽喉をうるおした旅人は,ホットして疲労を忘れたのでした。太古以来,この峠を越した幾十万の人たちが,峠の石に腰をおろしたり,草叢に寝そべったりして,過ぎ越し方を偲び,未来の明るい夢を描いたことでもあったでしょう。これらの峠道も今は,忘れさられた廃道となり,通行さへ,ままならぬ茨みちと化しつつあることは心寂しい次第でございます。  相月から,北赤羽根の上部を過ぎて,ケーテイからオーチ,作造をへて,手洗所に通じたと思われる太古の道路らしいものがあります。道が一.五〜ニメートルくらいもあって,当時は相当重要なものだったと思われる跡がのこっています。その大部分は,見晴しのよい尾根か,尾根の近くを通っており,往古の道路の代表的の様相を残しています。いく百年も,人馬の通行がないので,実地踏査も困難ですが,後世に遺したい天然記念物の一つではありますまいか。  甲信の梟雄武田信玄が,幾千の将兵を率いて,新城方面から金栗峠を越えて,田代から小林へ降りる途中の楯板山で,明月を賞し,その辺りを「田毎山」と命名したのは天正元年の仲秋の頃だったでしょう。  天正三年五月十四日の夜,長篠城を脱出した鳥居強右衛門が,雁峯山の東端にある「のろし松」のとこで,城兵に無事脱出をしらせる狼煙をあげてから,山坂を馳け登り,荒原の吉の口から田代,杉平,赤羽根を過ぎ,奥平の古城であった市場の亀山城の辺から,田原坂を降って,岡崎の徳川家康に援軍を乞うたときにも,この道を通ったのでありました。  伊勢湾台風の集中豪雨で,上小林から手洗所へ通ずる村道の一部が洗い流されました。それは通称アルミ沢といっているとこで,作造川と,ミョウガ沢の合流する付近でした。この辺には,粘土の焼けたような土が,昔から散在していましたので,炭焼がまがあったであろうと考えられていましたが,洪水で洗われた道路跡に露出したのは,まぎれもない陶器製造の上り窯の一部でした。当時,あちこちの復旧作業が山積しておりましたので,焼窯の調査研究どころではなく,そのまま,埋めてしまいましたが,推理を逞しうするならば加藤唐九郎が,この窯を造ったものかも知れません。徳川家康の招聘で,駿河遠江に赴いて,陶器製造の指導をした加藤唐九郎は,遠江地方だけでも七十くらいの窯をつくっております。引佐地方の仕事を一通り終って瀬戸へ帰る道すがら新城から,足助みちを,ここまでやってきた唐九郎は,アルミ沢付近で陶土の露出をみつけました。土人に尋ねると「こんな土は,ミョウガにも,作造にもある。すぐ一つ山を越えた相月には無限にある。」との答えに,四辺をみると燃料用の赤松は,山をおおうて繁茂しており,水利の便も申し分なかったのでここで一仕事やってみようと決意したではなかったでしょうか。加藤唐九郎と作手郷──検討してみる価値があるかと思われます。 (つづく) ********  注)これまでの記事は〈タグ「続つくで百話」〉で  注)『つくで百話』の記事は〈タグ「つくで百話」〉でおまけ】再開された学校で…  学校が再開し3週目,休校期間中に,学校や教職員が“学んだこと”が活かされているでしょうか。  ICT機器やオンライン学習の利用・活用は,「日常利用の踊り場」にたどり着いているでしょうか。  マイルストーンは,適切に置かれているでしょうか。