大昔の人のくらし(2)-2 (つくで百話 最終篇)
午前中は日差しもあって良い天候でしたが,予報されていた通り,午後になって雨が降り出しました。
台風14号(チャンホン・CHAN-HOM)が近づいており,週末に向け雨が続くようです。
大雨や台風による被害のないことを願っています。
『つくで百話 最終篇』(1975・昭和50年7月 発行)の「民俗と伝承」の項からです。
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大昔の人のくらし 沢田久夫
(2) 縄文文化初のくらし
(つづき)
こうした山の生活とは別に,伊勢湾や三河湾の浜には,また別の生活があった。渚は汐が寄せるたびに外洋の魚を誘いこみ,干潮とともに人々は歓声をあげて殺到した。簡単な簀立てもしたが,そんな面倒な手をうたなくても,水溜りには汐に乗り遅れた魚がいっぱい居た。ただ叩くだけでよかったし,ハイガイは呼吸孔から掘り出し,カキに至っては,岩や木片から掻き落すだけで事足りた。汐が満ちてくると,泥床でヌタを楽しんでいたイノシシがまごつき,溺れそこなう奴もいた。どんな大物でも,撲るだけで簡単に仕とめられた。
しかし,こういう桃源境のような別天地は,そういつまでも続かなかった。人間の数が段々ふえてくると,濫獲がはじまり,カキやハイガイが激減し,シジミ・ハマグリ・アサリなどの純砂性のものに代り,シカの捕獲がふえてくる。このことは,もうこの極楽境の食糧だけでは賄いきれず,遠く山野まで馳せ巡ることが多くなったことを意昧する。
名古屋市南区粕畑町の粕畑貝塚は,今は工事の土取で消滅した小さな早期末の貝塚だが,それから上野山貝塚(名古屋市緑区鳴海町)へ,入海貝塚(知多郡東浦町)へと,順次東漸しつつ形式を新しくして移動していった。海の波の高まりは丘を崩し,山裾を洗って土砂を運び流し,貝類を死滅させた。魚類はふえたが,それを漁るには,むずかしい生活の技術を必要としたので,それに適応する若干の人々を残し,海辺の生活に見切りをつけた人々は,次第に川筋に沿って山地に移動し,狩猟で生命をつなぐことになった。
設楽町の大名倉は,豊川の上流・寒狭川の源に近い部落だが,そこに下谷という河岸段丘上の遺跡がある。縄文早期前葉の撚糸文,同中期の押型文につづいて,同後葉の粕畑式・上ノ山式・入海式・石山式(前期)とつづく土器を出している。この遺跡が,久永春男氏の指導の下に発掘されたのは昭和十三年で,私がはじめて考古学の手ほどきをうけた地であるだけに,その感銘は深く,今でも目をつぶると次のような光景が瞼に浮ぶ。
その一団は,一人の長老と五,六人の男女,十人ほどの少年少女である。貝の一向に居なくなった浜に愛想をつかして,矢作川に沿っていくつもの瀬を渡り,急湍を越えて上流へ上流へと遡っていった。川はV字谷に狭められ,岸は切立った岩壁となり,スギやヒノキが立塞がり,深い渕は渡る術もない。一行は絶壁の裂目にとりつき,幹から幹を腕の力で渡って行った。やがて川はせせらぎに変り,一団はその谷を伝い鞍部を越えた。そしていくつもの山稜を伝って渓谷に下りると,河岸に小平地があった。夜は日ましに冷え,夜毎の焚火の枯枝は次第に多くなるが,昼間の移動で拾った木の実や鳥の卵,幼獣や川魚を,女たちが頭にかけた尖底土器から出して焙るのだが,一日一度の夕食にも充分でない。標高百メートル高まる毎に,温度は一度づつ降るという。大名倉は五〇〇メートルだから,前住地より五度低い勘定である。女たちは至急に衣類が欲しいと思う。
大名倉に足を留めた一団は,それからしばらくして川を登ってきた見たこともない異様な別の一団に遭遇した。思いもかけぬ驚きだった。
長いこと群と群とのにらみ合いが続いた。そのうちにどちらからともなく,少年少女たちの間で警戒心を解いた。向うからは貝穀状の裂目をもつ黒耀石が,こちらでは大切に土器の底に秘めていた塩が出された。やがて二つの焚火は一つとなり,グループは融合した。若い人達の間では出合婚が始まり,しばらく二つの群はそこに止まった。そして又いくつかの別の組合せを作って別れて行った。遠く海岸から持ってきた尖底土器は,壊れかかっていたので捨てられ,新しい土器が作られた。海からの尖底土器は,むろん幾つか,途中に泊った摺(足肋町大河原)や星野新田(設楽町西納庫)の焚火址に壊れて捨てられ,そして土に埋れた。粕畑や上野山の人々は,奥三河どころか,天竜川の谷を諏訪湖の辺までも北上していることが分った。
作手村に,この時代の遺跡があるかどうか。「こうやまき」2号をみたが,記事が簡単な上に,写真もないので存否は不詳という外はない。しかし,作手と境を接する新城市川路の萩平・常夜灯のニヶ所,鳳来町川合の中貝津,設楽町田ロの杉平・大名倉,西納庫の馬洞・星野新田の四ヶ所,足助町大河原の摺,大屋敷の二ヶ所計九ヶ所がこの時代の遺跡として知られている。
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