「母の子どものころ」《作手村のむかし 34》
今日は“暑い日”になりました。2つの台風が日本列島に向かっていますが,出先では影響を感じませんでした。
移動で路線バスに何回か乗りました。そこで「どうぞ」と席を立つ高校生や若者の姿を見ました。
声を掛けれれた方は「ありがとう」と座ったり,「ありがとう。でも次で降りるから。」と押し留めたりと,それぞれ自然な動きでした。
普段の生活にない出来事に心地よくなりました。
文集「こうやまき」から,「作手村のむかし」の一話です。
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『母の子どものころ』 (文・開成小4年 女子)
母の子どもの頃はせんそう中で,食べる物がずい分少なかった。
お米がないので,かわりにさつまいもや,じゃがいもやかぼちゃを食べていた。おなかはふくれるかもしれない。でも米が食べれないなんて,私にはとてもがまんできないのではないかと思う。
学校での昼食にも,さつまいもを少ししかくれなかったということだ。
そのほか,わらびやいにんどりなどを食べていた。
いたんどりなんがうまくない。でも母はうまかったといっていた。そして,おなががいつもぺこぺこになったけれども,がまんしていたそうである。
勉強していても,サイレンが鳴り出すと,何もかもほうり出してぼうくうごうに入り,てきの飛行機がいなくなるまでじっとしていた。
てきがせめてくるなんてどんなにこわかっただろう。いつもいつもそんなふうでは勉強もまんぞくにできなかったにちがいない。
家に帰ってからは,おてつだいばかりやらされた。子守,まきわり,もやしょい,牛かい,にわとりのせ話,うさぎ,やぎかい,こういうことを毎日毎日やらされたということだ。私はそんなにたくさんとてもできない,おこってやめてしまうだろう。でもそんなことをしたら,おとうさんにしかられておくらに入れられ,ごはんも食べさせてもらえなかったという。
私はしあわせだと思う。手伝いはあるがたくさんではない。遊ぶ時間もいっぱいだ。食べる物もいい物がたくさんある。それだけ,しっかりやらなくてはと思う。
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文章にあるお手伝いの「子守,まきわり,もやしょい,牛かい,にわとりのせ話,うさぎ,やぎかい」は,今の子供達には子守ぐらいしか分からないかもしれません。
現代の子供達にとって「(家の)手伝い」って,何をしているでしょう。
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