集団「Emication」別館

楽しく学び,楽しく活動する,笑顔の集団「Emication」。 ふるさとの自然,歴史,風俗などお伝えします。読書や豆知識の発信もしていきます。 活動する人,行動する人,その応援と支援をする集団「Emication」。

猪ボイいろり話 (つくで百話 最終篇)

花0416。 雨の降る日でしたが,屋外で活動するのには困りませんでした。  『つくで百話 最終篇』(1975・昭和50年7月 発行)の「昔話と伝説」の項からです。 ********     猪ボイいろり話   猪ボイの自慢話  猟師仲間があつまると,自慢話に花を咲かせるものだが,それは大抵猪ボイの手柄話であるのが不思議である。狐・狸・鹿・山鳥・雉子などの話が,トンとないのはなぜだろうか。釣り自慢の話も,あまりパッとしたものがない。  猪ボイ連中が,猪のトヤをつきとめると策戦会議にはいって,自分の今迄の体験をもちだして,ああでもない,こうでもないと長談義をつづけるのが常であったが,局外者からみると,もどかしい感がしたものであった。しかし彼等にしてみれば,焚火を囲んで煙草を喫いながら,しゃべりあっているのも楽しみであっただろう。そうしたおしゃべりの間に,お互の信頼と友情がかもし出されたものであろう。   三十貫の大猪 「ありゃァ三十貫の大物(大猪)だった」などと,猟師たちはよく話していた。不思議なことに,四十貫とか二十貫という言葉を聞いたことがない。三十貫が,大猪の代名詞のようになっていたことを面白いと思う。猪を仕止めると,すぐ腹を切り開いて臓物をとり出し,血をしぼってしまった。臓物は猟師たちが料理して喰べ,残りの猪肉を商人に売るのが一般の慣習であった。臓物と血が,五貫から六貫あったから,正味二十五貫くらいのものが,三十貫の大猪で通ったのであった。   猪のヌタウチ  猪は,トヤ(寝どこ)の付近にある湿地で寝ころんで泥まみれになる習性がある。これを「猪のヌタウチ」という。なんのために猪がヌタウチをするかについては,いろいろの説がある。体のほてりを冷やすためとか,ノミやシラミまたはダニを落すためとか,或は他の動物との闘争のときの防衛のためとかいわれているが,そのいずれにも関係があるものと思われる。ヌタウチをしたあとで,かねて外皮をはいでおいた松の木の幹からにじみでている松脂を体にこすりつけると,泥と松脂で猪の体の表面の毛皮がカチカチの鎧のようになって,敵の牙も歯も寄せつけないほど強靭になる。事実,猟銃で射たれても,弾が猪に直角にとんでこないかぎり外れてしまうといわれている。   初矢のてがら  猪ボイ仲問は,七・八名が一団を形成して行動した。トヤを中心として,夫々のマチ(猪の通る要所)に別れて待機した。猟犬をつれたリーダーが猪のトヤを襲って,猟犬がとり囲んでいる猪を,一発でたおすことができれば大成功であるが,猪が攻勢にでて,猟犬が腸を露出するような大怪我をさせたうえで囲みを突破して逃げ出したら,さあ大変。マチに待機している猟師は,緊張して猪がでてくるのを待つのであるが,初心者は緊張の結果,しきりに小便を催してかなわないといっていた。初心者はあがってしまって,猪を手元まで引きつける余裕もなく,とんでもない遠方からブッ放してしまう。こんなことでは弾は中々命中しない。猪は方向転換をして,他のマチヘ逃げてしまう。これでは文字通りの「猪ボイ」である。運よく猪に第一弾を射ちあてたら,それを初矢といって,お手柄とされたものであった。   猪まつり  猪ボイのしきたりの一つとして,山の神まつりという行事があった。  猪を射つと,すぐそこで猪の首の辺のイカリ毛をひき抜いて,木の枝にはさんで山の神さまを祀るのであった。猪をうつことができたのは,自分一人の力によるものではない。神さまのお助けがあったからだという意味で,神への感謝の表現であった。  また,猪をたおすと,腹をきりさいて臓物をとりだすが,そのとき心臓をとって,かねて用意していた半紙の真ん中に血で丸く印をつける。まるで日の丸の旗のような恰好になったのを,木の枝か竹にはさんで,その場にたてて神さまをまったものである。もっとも,これは山の神さまのお姿であるともいわれているが,日の丸の旗などまだなかった時代に,山の中の猟師が日の丸のようなものをつくって,その前で頭を下げてお祈りをしたことは,日本人には,その頃から共通の信仰心があったようにも思われる。 稲石0416。  猪の胆  猪の胆は「シシのイ」といって,昔の山村では高貴薬の一つであった。富山の薬売がもってきた熊丹円という薬は,熊の胆からつくったといわれていたが,猪の胆もこれと同様,万病に効くといって重宝がられたものであった。猪を射つと,とりいそぎ腹を切り開いて血をしぼり,臓物をとり出して猟師が喰ったことは前にも述べたが,その時も,この胆だけは,喰わないで,家の軒下などへつるして蔭干しにして,大切に保存しておいたものであった。万病といっても,特に腹痛によく効いた。 ********  注)これまでの記事は〈タグ「つくで百話最終篇」〉で  注)『続 つくで百話』の記事は〈タグ「続つくで百話」〉で  注)『つくで百話』の記事は〈タグ「つくで百話」〉で