民具について 『家居 3』(続 つくで百話)
天気が良く,暖かい日でした。
最近の“自粛”の広がりに,気持ちが沈みがちです。
そんな中,ある方が「幸せのハードルが下がると,幸せいっぱい。」と話してくれました。
聞いたとき“幸せ”と“ハードルが下がる”が,しっくりきませんでしたが,少しして「なるほど」でした。
「幸せ」や“わくわく”があふれる日々は,自粛も吹き飛ばせそうです。
『続 つくで百話』(1972・昭和47年11月 発行)の「民具について」です。
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民具について 小林 峰田好次
家居 (一)
春ともなって,月がまどかな夕ぐれに,囲炉裡に赤々と火が焚かれ,自在鉤の大鍋に春菜の汁の煮たぎる時,一日の仕事を終った大人達の,父は横座に,母はカカ座に,祖父は客座に,祖母は下座に,子供達はその間々に適当にはさまって,今日の出来事を語らいながら,ききながら夕食をとる。灯は部屋の隅まで屈かず炉の火が人の影を大きく戸障子から天井までひろげる。
土間の風呂の火の明りのさす厩では,馬が馬塞棒を鳴らしながら かいば を噛む音がする。
ふっくりとした夜である。
子供達の寝息がかすかに聞え始める頃,母や祖母も勝手の片附けを終わり,やがて寝所へ入いり家中が しん とする空気の中で,おでいの祖父は,行灯の火で木版刷りの浄瑠璃本を読んでいた。
霞むばかりの静かな夜なので,遠い谷川の流れが枕まできこえる。祖父もやがて本を閉じて蒲団をかぶる。
行灯は朝までそのままにする。有明けなのである。
(二)
梅雨の頃である。もう三日も降り続いた雨に,こき落した麦は おおえから おでい,土間と一面にひろげられている。
茶の子の時,「やい,今日は蓑を仕上げるで,ちっと麦をどかせてくりょう。」
祖父はそういった。
父は飯を噛んでいて答えなかったが,食事が終ると早速麦を片寄せるのであった。
祖父はもう以前から少しずつ手掛けていた蓑と,藁を持ち出し,筵を敷いて坐わり,何か黙然としていたが,やがて藁を取った。父は土間の片辺りの叩石で藁を打ち始めた。
隣からも藁打つ音が響き出して,しばらく両家の音が競い合った。
「おぞ日でござんす,ちと仲間に仕とくれ。」
隣の男衆が,今叩いた藁を持って現われた。
「よく降るなあ,お前草履か。」
「ああ,履くやつがなくなったでのう。」
「俺もだ。」
やがて三人の藁をしごく音がシュッシュとするのであった。
(注 茶の子は朝飯)
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