『日日是好日』(森下典子・著)
朝,窓ガラスがしっかり曇っていました。気温が下がり結露が出たようです。
寒い朝でした。気温が一気に一桁になってしまいました。
雨蛙も,寒さを避けて隠れているうちに色が変わってしまったようです(?)。
まだ秋を楽しみたい。二桁の気温でいてほしいのだが…。
先日(13日)に,話題の映画が公開されました。
映画『日日是好日』です。失主役の典子(黒木華)が通う茶道教室の先生役を樹木希林さんが演じたことで,一段と話題になりました。
この原作は2002(平成14)年に発行された森下典子氏のエッセイ『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(森下典子・著,新潮文庫)です。
この本が2008(平成20)年11月に文庫化され,それを読みました。当時のブログ(2008/12/14)で取り上げています。その記事をつかって紹介します。
「お茶」が教えてくれた…とあるように茶道の話題で書かれていますが,お稽古から“生きる”ことを感じさせてくれる本『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)』(森下典子・著,新潮文庫)です。
茶の湯の稽古をしていくなかで,師匠から
「そうやって,頭で覚えちゃダメなの。稽古は,一回でも多くすることなの。そのうち,手が勝手に動くようになるから」 「あなたは,すぐそうやって頭で考える。頭で考えないの。手が知っているから,手に聞いてごらんなさい」と言われます。 ものを教えるとき,その“わけ”や“意味”などを伝え,理解していくことが〈普通〉かと思います。 “体が動く”まで,とにかく稽古を繰り返し,その先に…。 著者が稽古を続ける意味を問いながら,それを続けていきます。 そのなかで,茶の湯の意味に気づき,自分の体が身につけたことを感じていきます。 読み進めながら,その世界に引き込まれていきました。
「梅雨の雨だわね」 先生が,誰に言うともなくつぶやいた。 そのとき,気づいた。 (そういえば,秋雨の音はちがう……)季節の音や香りの違いを感じます。
この世には,学校で習ったのとはまったく別の「勉強」がある。あれから二十年が過ぎ,今は思う。それは,教えられた答えを出すことでも,優劣を競争することでもなく,自分で一つ一つ気づきながら,答えをつかみとることだ。自分の方法で,あるがままの自分の成長の道を作ることだ。 気づくこと。一生涯,自分の成長に気づき続けること。 「学び」とは,そうやって,自分を育てることなのだ。“教えること”“育てること”を考えることのできる一冊でした。 映画で,どのように描かれたのか,とても興味があります。あらためて読み直してみようと思います。 お父さん,お母さん,そして教師のみなさん,いかがですか。 【関連】 ◇森下典子エッセイ ― おいしささ・え・ら ◇映画『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)公式サイト ◇映画『日日是好日』 (@nichinichimovie)(Twitter)