「栗きんとん」といえば…
朝,出かけるときの外気温は13度でした。午後になって日が出ましたが,“曇りの寒い日”でした。
用事があって市役所,教育委員会の方を訪ね,お話をお聞きしました。
「○○は…。」「先の補正で…。」「○○を進めており…。」…
広報などでは分からなかったことが,“少し”はっきりしました。
また,これからの参考になる話をお聞きできました。
ありがとうございました。
秋の実りの一つに“栗”があります。
今年もたくさん採れ,いろいろな“工夫”で美味しくいただきました。
そうした栗を使った菓子に栗きんとんがあり,中津川が有名です。
先日,中津川の栗きんとんを味わいました。そのパンフレットに次のように書かれていました。
美濃中津川…町の中を旧中山道が通っている。木曽路の入口にあたる古い宿場町である。 中津川の町は,町のどこを歩いても恵那山が見える。2191mのこの秀麗な山は,美濃と信濃とを分ける分水嶺だ。この山の上に,刷毛で刷いたような雲が流れると,美濃路のはてに秋がはじまる。幾筋も波打つように横たわる丘陵には,野萩が紅い花をつけ,やわらかな芒の穂が風にそよぐ。そして広大な恵那山麓のいたるところに栗の毬が笑みほころびはじめ,中津川新町に,一年のうちでもっとも忙しい季節がめぐってくるのである。 江戸に帰る弥次さん喜多さんも,京に向かう貝原益軒も,木曽の山路にかかる中津川宿でひといく入れております。 狂歌師の太田南畝は,この宿場に入り,駅舎のさまにぎわしく,あんもち松屋と云るあり,菊屋と云る家ありて楊弓など見ゆ,十八屋と云る家三戸ばかりも見たり。と記しております。 幕末のころ「切られ与三」の蝙蝠安のあたり役で知られた中村仲蔵も,この宿場に入り よき宿なり,ここにて中食。町の右手裏に定芝居あり定芝居土地の長閑を覚えけり と詠んでいます。同じころこの宿場に泊まった近江商人の妻たちの一行も,旅日記に,同所芝居常の小屋見物に参申候,と記し,馬籠宿をこえたあたりで,名物栗の赤飯賞翫いたし候,と仲蔵も弥次さん喜多さんもたべた木曽の山栗の赤飯をたのしんでおります。 名物を食うが無筆の旅日記,といいますが,いまもむかしも名物の菓子や料理が旅の楽しみであることに変わりはありません。 わたくしどもの祖先が“栗きんとん”をはじめましたのも,木曽の山栗にはじまることであり,世の中いろいろ変わってまいりますが,素朴な菓子作りは,いつまでも守っていきたいと存じております。それぞれの地域に「銘菓」「名物」があります。 それぞれを「美味しい!」と味わうだけでなく,その由来や由緒を楽しみながら“愛でる”ことで,味わいが深くなるような気がします。 みなさん,どんな秋を味わっていますか。 さて,次は“栗羊羹”かな。どこが美味しいかな。 【関連】 ◇栗きんとんめぐり -栗きんとん発祥の地・中津川- ◇中津川名物の栗きんとんを食べ比べよう!(Find Travel)