「誰にでも必ず出来る」
「夏の日」でした。
午後になって雲が広がって陽射しが弱まりましたが,その分,蒸し暑さが強まった当地でした。
でも,高原の夏は街とは違って過ごしやすく,朝夕は“寒さ”を感じる今日この頃です。
今日,お世話になった方の訃報が届きました。
4月にお会いしたのが最後となり,その後,「静養中で…」とお聞きしていましたが,「まさか…」の報です。
ある縁で出会い,遠方にお住まいでしたが,長くお付き合いさせていただきました。
新しいこと,価値のあること,本物のこと…
たくさんのことを教えていただきました。ありがとうございました。
合掌
明日8月6日は,広島原爆忌・広島原爆の日です。
「その時」に合わせ黙祷を。
NHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」をご覧になっていますか。
暮しの手帖社が,Facebookの今日の記事で,次のように書いていました。
「料理はからきし」の水田が、鞠子が書いたレシピ通りにホットケーキを作ったら、生地はかちんかちんに。花山編集長は、「文章だけでは限界がある」と、調理の過程を何枚もの写真で見せようと発案します。いまでいう「プロセスカット」ですね。(略) この記事に、編集長・花森安治がつけたコピーが「誰にでも必ず出来る」。これはそのまま、『暮しの手帖』の料理記事のモットーでもあります。 家庭によって、火力も違えば、使う道具や調味料も違う。とにかく条件が異なるなかで、「必ず出来る」を目指すのは、なかなか困難なことです。 どうやって、レシピの精度を高めるか。花森と大橋が考えに考えて出した結論が、「くり返し、料理の試作をする」という方法だったのでしょう。(略) 「バカがつくくらい、念には念を入れてやったのよ」とは、ある先輩編集部員の言。今では「プロセスカット」での記事が“普通”のようですが,最初に発想し提案したところが凄いところです。 この「誰にでも必ず出来る」が大切なのは,料理だけの話ではありません。 多くの方が“若手の指導”に腐心されていることと思います。 「最初にBをする。」と指導したはずが,若手は「BのようなA」をして終了報告がされて,「違う!」ということも…。 料理法と同列で語れはしないでしょうが,指導に「誰にでも必ず出来る」という“伝え方”ができていなかったのは確かです。 その対策の一つとして「○○マニュアル」が作られています。 これにより,さまざまな活動が「誰にでも必ず出来る」ものとなっています。 ところが,そこから“マニュアル対応”や“マニュアル人間”といった「負」が言われるようになり,マニュアルに「悪」のイメージをあるように思います。 しかし,これはマニュアルの内容や作り方に問題があるのであり,「誰にでも必ず出来る」ものにしようという考えは,とても大切だと思います。 ただ,その“内容の吟味”が難しく,安易に作られたもので“若手の指導”がされることで,若手が育たず,組織が弱くなっているかもしれません。 自分たちの行動や活動が,「誰にでも必ず出来る」ものとなって伝わって広がっているのか見直してみてはいかがでしょう。 その際は,「バカがつくくらい、念には念を入れてやったのよ」と言えるほどに。 【今日の小咄】 友人は,学生時代に「人々に夢と希望を与える職業に就きたい。」と言っていた。 友人は,今,宝くじの売り子をやっている。