段戸の天狗とかしき小僧 (つくで百話 最終篇)
暖かい日になりました。
昨日の感じた"景色の変化”が,さらに進んだように思います。桜の花をはじめ,いろいろな花が咲き出しました。
この週末は,"春”を楽しみたいところですが,「浮かれてはダメ」とお天道様が諫めるように雨天の予報です。感染予防に努めた過ごし方が肝心のようです。
『つくで百話 最終篇』(1975・昭和50年7月 発行)の「昔話と伝説」の項からです。
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段戸の天狗とかしき小僧
秋も漸く終りに近づいて,段戸の山にも霜がおり始めたころです。材木の山出しをする人夫たちが,親方にひきいられて,この山に入りました。
この中に,かしき小僧の幸一がおりました。"かしき”というのは,人夫たちの食事の世話をするもののことで,その手伝いの子どもを"かしき小僧”と言います。
幸一は毎朝,飯ができあがると,初めの一椀を山の神に供えて
「どうか今日も,みんな無事で働けますように。」
と,山の神様にお願いしておりました。
みんなが山に入ってから,一週間くらいたった,ある夜中のことでした。
幸一がふと目をさますと,大男が部屋の中に立っていました。山小屋の中は灯がないので真暗ですが,不思議なことに,大男のまわりだけは昼のように明るくなっているのです。
大男はあから顔で,鼻が三〇センチもつき出ており,頭には,山伏がかぶっているような冠をのせています。
「アッ 天狗さまだ。」
幸一はそう思うと,体がガタガタふるえてきました。やにわに頭からふとんをひっかぶってしまいました。
「小僧,おれはこの山におる天狗だ。おれはお前をにて食おうとも,焼いて食おうとも思っておらん。ビクビクするな。」
と,大声で言いました。
「ヘエーツ」
幸一はふるえ声で答えました。
「おれはな,今夜お前にお礼を言いにきたんだ。お前はかわいい小憎だ。毎朝,初膳をおれに供えてくれるのを,うれしく思っているぞ。そこで,今度はお前に一もうけさせてやろうと思ってきたんだ。おい,ふとんをとれ。」
「ヘエーツ」
幸一は,まだふるえがとまりません。
これまでにも,段戸山には天狗がいて,山の項上で大きな火をたいていたとか,大ぜいの天狗どもが集って大声で話し合っていたなどということは,みんなから聞いていたが,このように,家の中までのそのそ入り込んでくるということは,聞いたことがなかったのです。
「今度の山の丸太出しを,お前ひとりで引きうけてやってみろ。全部を一人でやるのだぞ。おれらが手伝ってやるから,できるとも。親方にたのんで,うけてみることだ。ところで,やるとなったら,おれらの仲間に,飯を一かまたいて供えてくれ。」
天狗はそう言い終ると,さっさと出て行ってしまいました。
幸一には,天狗の話したことが,ほんとかどうかさっぱりわかりません。ほほをつねってみました。ゆめでもなさそうです。幸一の心はワクワクして,眠れないうちにその夜は明けてしまいました。
あくる朝,朝飯が終ったとき,幸一は親方に頼んでみました。
「この山の丸太出しをワシ一人でやってみたいと思うんだが,やらしておくれんかい。」
「何んてえバカをぬかしゃがる。この山はな,丸太もでかいし,かさもあらァ。小憎のやせ腕なんかで,何ができるもんか。なまいき言うな。」
それから親方は,からかい半分にたずねました。
「それともお前,何年かかってやるというのだ。」
「こんなもの,一晩の中に出してみせるがな。」
親方はいよいよあきれて,本気にとりあげませんでした。
「一晩でやれるというならやってみろ。」
幸一はみんなの弁当を作ってから,別に一かまの飯をたきあげて,山の神様である天狗さまに供えました。
その夜,山小屋の人夫たちが寝床に入ってしばらくすると,
「ザッ ザッ」
と,小屋の外を人が通るような物音がつづきました。
それから少したって,山の方から
「エンヤラホイ エンヤラホイ」
と,言う元気のいいかけ声が聞こえ,つづいて
「ガラガラ──ドスーン」
と,丸太を山落しする,はげしい音がひびいてきました。
山小屋の連中は,あわてて起きあがりました。
「アリァ何だ」
「あれは天狗さまが夜遊びしてござるんだ。心配いらん。」
ことの次第がわかっていた幸一は,そう言って,のんきに寝ておりました。
あくる日は,からりと晴れたよいお天気になりました。幸一は親方とつれだって土場(材木を集める場所)へ出かけました。そこには,なんと一晩の中にうず高く丸太の山ができていたのです。このことがあってから,仲間の連中は幸一のことを〔天狗かしき〕と,呼ぶようになりました。
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【「つくでの昔ばなし」掲載】
◇天狗とかしき小僧
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