集団「Emication」別館

楽しく学び,楽しく活動する,笑顔の集団「Emication」。 ふるさとの自然,歴史,風俗などお伝えします。読書や豆知識の発信もしていきます。 活動する人,行動する人,その応援と支援をする集団「Emication」。

教材研究「材料七分に腕三分」です。

桜0403。 今日も寒さが続きましたが,天気がよく,気持ちの良い日でした。  午後,用事があって作手小学校へお邪魔しました。  先生方が,それぞれの準備に慌ただしそうでしたが,みなさんが明るく声をかけていただきました,。よいスタートをしてみえるようでした。  机上に教科書を広げている先生のようすを見て,“教材研究”について学んだことが浮かびました。  教材研究から思い出すのは,有田和正氏からの学びです。
○ 一時間で一回も笑いのない授業をした教師は逮捕する。 ○ 追究の鬼を育てる。 ○ 鉛筆の先から煙が出るスピードで書きなさい。 ○ 授業は布石の連続である。 ○ スイカはおいしいところから食べる。授業もまた同じ。 ○ 材料七分に腕三分。 ○ 知識は眼鏡である。知識がなければ物は見えない。 ○ 努力は人に見せるものではない。
などの言葉を思い出します。  「笑い」の学びは,現在の Emication に繋がります。「煙が出る」は小1の担任で検証しました。  「追究の鬼」は,今も未完であり課題です。  「材料七分に腕三分」は,教材研究を強く意識することです。
 「材料七分に腕三分」という言葉が,料理の世界にあるという。料理する腕がいくらよくても,材料が悪ければどうにもならない。逆に,材料がよければ少しくらい腕が悪くても,それなり味を楽しめるということである。  では,よい材料をみつけるのは誰か。それは,料理人自身である。これは,教育の世界でもいえることである。子どもの実態にマッチしたおもしろい教材を発掘できたとき,授業は成功したも同然である。逆に,材料が悪ければ,授業にならない。  このことに気づいてから,よい教材を発掘することに,大きな精力を注ぐようになった。  すると,子どもの追究が鋭くなり,迫力が出てきた。  子どもの意欲を高め,鋭い追究ができるようにするには,よい材料をすばやく見ぬく目と,それを鋭く料理してよい教材にしあげる腕が,教師に要求される。  子どもたちを「追究の鬼」に育てること,それが私の授業にかける信念の中心であった。そこで重要になってくるのが,ネタ(子どもたちにとって意外な事実を含む教材のこと)の存在である。「この教材を出せば,きっとあの子はこんな反応をして,またあの子はこんなことを言い出して・・・」という構想を楽しめるのは教師の特権である。そのためには,常日ごろから生活のなかに教材化できる素材を見つけるためのアンテナを張っていることが求められる。  私は「ネタ論」を主張している。それは,取材によっておもしろいネタをみつけ,それを子どもにぶつけると,子どもが夢中になって追究するという事実を目のあたりにしたからである。社会の変化とともに,子どもも変わる。当然,授業のネタも変わってくる。したがって,ネタの開発も次々としなければならなくなってくる。  授業のネタは,子どもの思考をひっくり返し,固定観念をくずすものでなくては,ネタとしての価値は低い。子どもに棹さす教材を教師が提示すれば,子どもの固定観念がひっくり返り,どうしてそうなるか追究したくなる。  子どもの考えの中にない,意表をつかれた,新鮮な出会いをした教材は「生涯の伴侶」となり,長くその子どもの中で教材としてとどまることになる。  子どもが本気になって追究しようとするネタがない授業では,子どもは低いレベルのところで遊ぶことになってしまう。授業づくりで第一に考えるべきことは,何で子どもの気持ちを引きつけ,興味をもたせるかということである。つまり,ネタを何にするかということである。  教材研究というのは,子どもに「何を教えたらよいか」そのエキスをつかむことである。私はどの教科書でも,最低20回は読む。これが教材研究の入門である。20〜30回読むと「はてな?」が必ず出てくる。そこで参考資料をさがして読むのである。指導書もここで読むことだ。  教材研究をしてみて,「教師が面白くない」と思ったことは,教えるべきではない。面白いと思うようになるまで,内容を深めてから指導することだ。意欲のない子どもをやる気にするには,教材が「面白くなくてはならない」のである。  わたしは,1つの事象を調べるのに,最低20〜30冊の本を集める。それをかたっぱしから読む。すると,中心になる事がきまってくる。以後は,この事を中心に他の本の内容を関連づけて,書き込んでいく。教科書がまっ黒くなるほど書き込む。資料ははりつけて折り込む。 (略) 教材の内容がきまったら,それを端的に表現できる資料を集める。更に教材を深め,「発問」を浮きぼりにする。「発問」が先に浮かんで,それに合わせて資料を作り直すこともたびたびである。「発問・指示」が浮かぶまで教材研究を深めること,それを面白がることがコツである。  授業を計画するとき,教師は「目標→内容→方法」という順序で考えるのが普通のパターンである。  まず「目標」を考える。次に,目標に対応した「教材内容」を考える。そして,教材(ネタ)で,子どものどんな考えを引き出せるか,おかしな考えが出てきたら,どう対応していくか,などを考える。  このための,発問や手順,資料などを考え,指導案を書きあげる。というパターンが圧倒的に多い。この思考パターンをくずすことだ。  まず,立派な目標を考える前に,どんなネタで勝負するか考える。そして,おもしろいネタをみつけよう。ネタがみつかったら,目標をもっともらしく考えればよい。 (略) おもしろい授業をするには,「何で勝負するか」ということを,第一に考えよう。
 “ネタ論”については,現在の学校(職場)では真似しにくいと思いますし,そこは“違う形”で進めることをお薦めします。  けれども,「教師が面白いと思う」ことを求めていくのは肝心です。  先生,いかがですか。  “普段の授業でどうするか”などお助けします。ご連絡ください。