“マナー”は難しい。
連日の猛暑。出先で外気温が39度を示すのを見て,「もうちょっとで40度…」と何となく“期待する”ような気持ちがわいてきました。
この暑さは“異常”ですが,それを受け入れてしまい,さらに“テレビ感覚”で見ていることに悲しくなりました。
感覚を戻さなければ…。
人を待つ間に読んだネットの記事に,「あれっ。自分は…。」と考えてしまう話題がありました。
その一つは,
匿名ブログ「はてな匿名ダイアリー」で2018年7月18日、「電車での扇子を明確に禁止にしてほしい」との書き込みがあった。 投稿者は、電車内で年配男性が扇子を使用することを問題視する。汗ばんだ首筋から体臭が拡散し、周囲を不快にするとの持論だ。手を止めて「やっと止まったか」と思いきや、またもあおぎはじめ、苛立ちはピークに。「車内マナー以前の問題だよ」とおかんむりのよう。(略) 「扇子、仰ぐと音鳴るからやめろやと思う。イヤホンのシャカシャカ同様に気になる」 「視界のすみでちょこちょこ動いているのがストレスになるので、おっさんでなくてもイヤ。同じ理由で化粧も嫌い」 と新たな論点も示されている。 「スメハラ」(スメル・ハラスメント)に厳しい目が注がれるようになった昨今。閉鎖空間での暑さしのぎも例外ではないようだ。と,扇子を使うことの是非が“ハラスメント”の視点で述べられていました。 もう一つは,京都新聞の
関東では電車内のリュックの前抱えはかなり浸透していたが、関西ではめったに見ない。なぜ関西人はリュックの前抱えをしたがらないのか―。(略) 混み合う電車の中でリュックを前に抱えるマナーは、京都ではまだ十分に浸透していない実情がうかがえる。 電車内でのリュックマナーを巡る関東と関西の意識の差について、京都でマナー教室を主宰する奥田理恵さんは「人口が多く交通網が発達している都市ほど、車内マナーも向上する」とし、鉄道の利用者と路線の多さから「関東の方が関西に比べマナーの意識が高いと言えるかもしれない」と推測する。と,“マナー”の広がり方について検証していまいした。 日常的に電車を使いませんが,リュックサックを前に抱える人がいることは知っていました。しかし,それが「車内マナー」にまでなっているとは思いませんでしたので,記事を読みながら「何かヘン」という感じが拭えませんでした。 「嫌という人がいれば,それはダメで…。」という話になるのでしょうが,その視点だけでよいのでしょうか。 パーソナル・スペース(パーソナル・エリア)の変化で語られることもありますが,そうでしょうか。 電車を利用されるみなさん,「扇子を使わない」「リュクの前抱え」は,車内マナーになっているんですか。