午前中は天気がよかったですが,午後,急な雨が降りました。変わりやすい天候の日が続いています。
明日も,今日のような天候でしょうか…。
今日,ブログについて「
ブログ読まさせていただいています。娘は、先日、地域に昔から伝わるお話を、まだ1歳の孫に読み聞かせていました。」と知人からのメールにありました。
ありがたいことです。
感謝
今年7月96歳で亡くなられた
外山滋比古氏の『
日本語の個性 改版』(
中公新書)
です。
1976年に出版(初版)された図書が,今年2月に“
改版”として発行されたものです。
今も大学生など若者に人気の『
思考の整理学』(
ちくま文庫)
をはじめ外山氏の著作から,いろいろと学ばせていただきました。
◇雨水。『消えるコトバ・消えないコトバ』(外山滋比古・著)(2020/02/19 集団「Emication」)
◇『100年人生 七転び八転び ―「知的試行錯誤」のすすめ』(外山滋比古・著)(2019/07/20 集団「Emication」)
◇『老いの整理学』(外山滋比古・著)(2017/07/01 集団「Emication」)
あとがきで
これまで書いた文章に手を入れてまとめることにした。全体として,ある統一をつけたつもりだが,なお,ひとつひとつは独立のエッセイになっている。読者は気の向いたところから読んでいただいて結構である。
と述べている通り,“
気になる項目から読む”ことで,楽しく読むことができ,いろいろな気づきがあります。
○ シンポジウムのない学会の大会はないほどである。(略) という感想をもつことがしばしば起こっているであろうか。私のまずしい経験では皆無である。
○ 文化が無機物ではなくて,声明をもった有機体であることを忘れた。品物を輸入すると同じように学問や思想を輸入できることが学者の資格とされるようになったのである。
文化のような生き物を移すのは,植物的移動,すなわち,移植でなければならない。(略) どこへでも移すことができるように考える国際主義がいつもわれわれの頭の中にあるが,根づかぬものはいくらでもある。
○ 男の言葉は理屈っぽくなるというが,それはベーター・コードを使うことが女性に比べて多いからである。女はアルファー・コードを多用する。
○ 物品の輸入だけしてきたために,言われなくてもいい悪口を言われたのである。イギリスのように言葉を先行させることまではできなくても,せめて,物質と文化を同時に併行して輸出することを心がけていれば(略)
○ まず,日本人の国語についての関心はいつも枝葉にこだわる傾向をもっている。内輪の言葉という性格の言語だからであろう。(略) 幹と根のことは忘れている。
○ すぐれた日本文化を創造することが,日本語国際化の最大の条件であることに思いいたる。(略) いま日本人の胸のうちで目をさましている国語ナショナリズムは日本語国際化を始発させる重要な契機となるものである。
手元に置き,ぱっと開いたページから,今の状況を眺め,自分の“
言葉”と“
文化”を考えてはいかがでしょう。
お薦めの一冊です。
目次
まえがき
? ことばのすがた
訳せぬ「であろう」
段落の感覚
終わりよければ
部屋のうち・そと
中間話法
気になる「あなた」
? ことばのこころ
五脚の椅子
後記と投書
比喩の梯子
移すということ
? ことばのかたち
女性的言語
政治と言葉
宗教と言葉
論争と言葉
日本語の国際化
あとがき
【備忘録メモ】
『
思考の整理学』(
ちくま文庫)
より。
○ グライダーと飛行機は遠くからみると,似ている。空を飛ぶのも同じで,グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは,飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ,悲しいかな,自力で飛ぶことができない。
○ 学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に,エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では,ひっぱられるままに,どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。 優等生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか,ひとつ飛んでみろ,などと言われても困る。指導するものがあってのグライダーである。
○ グライダーとしては一流である学生が,卒業間際になって論文を書くことになる。これはこれまでの勉強とはいささか勝手が違う。何でも自由に自分の好きなことを書いてみよ,というのが論文である。グライダーは途方にくれる。突如としてこれまでとまるで違ったことを要求されても,できるわけがない。グライダーとして優秀な学生ほどあわてる。
○ もちろん例外はあるけれども,一般に,学校教育を受けた期間が長ければ長いほど,自力飛翔の能力は低下する。グライダーでうまく飛べるのに,危ない飛行機になりたくないのは当たり前であろう。
○ 人間には,グライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者,自分でものごとを発明,発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。グライダー能力をまったく欠いていては,基本的知識すら習得できない。何も知らないで,独力で飛ぼうとすれば,どんな事故になるかわからない。
○ われわれは,花を見て,枝葉を見ない。かりに枝葉は見ても,幹には目を向けない。まして根のことは考えようともしない。とかく花という結果のみに目をうばわれて,根幹に思い及ばない。
○ 指導者がいて,目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれども,新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。それを学校教育はむしろ抑圧してきた。急にそれをのばそうとすれば,さまざまな困難がともなう。
○ 現代は情報の社会である。グライダー人間をすっかりやめてしまうわけにも行かない。それなら,グライダーにエンジンを搭載するにはどうしたらいいのか。学校も社会もそれを考える必要がある。